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中秋の名月、愛媛、9月の空 '16-09-30 [日記]

20160915_205450.jpg9月15日(木)、雲間からかろうじて中秋の名月が見えた。



9月24日(土)、25日(日)は、気象予報士会の【“愛媛の気象”とことん味わい隊】に参加。
1日目は、松山城見学、四国支部有志と交流会、夜は懇親会と盛りだくさん。
2日目は本隊とは別行動で、肱川あらしで有名な大洲市の地理、地形を見に行ってきました。
1枚目の写真は冨士山(ふじさん、ではなく、とみすやま)からの大洲盆地の展望。ここが一面霧で埋まるそうです。2枚目は肱川あらし展望公園からの肱川河口。肱川あらしの季節には、赤い橋(長浜大橋)がよくTVに出ます。
次は肱川あらしを実体験しに行きたいと思っています。
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sora201609.JPG9月の福山の空はこんな色でした。
http://www.hiyorimijin.com/

9月1日~30日の平均気温24.6℃ (平年比+1.0℃)、降水量269.5mm (同214%)、日照時間101.5h (同60%) で、8月から一転、雨が例年の2倍以上降り、日照が極端に少ない月でした。

福山城模型、城下絵図、カープ優勝 '16-09-11 [日記]

20160902_121820.JPG9月2日(金)、「模型福山城と福山城歴史バネル展」@福山エフピコRimを見てきました。
福山城(本丸)の1/60模型は素晴らしい出来栄えで、全景の復元図からは城の規模がわかります。もしいまも堀が残されてれば、福山の街づくりはまた違ったものになっていたかも知れません。

県女(のちの葦陽高校)に通った母は、福山駅前の変遷のパネルを懐かしそうに見ていました。

9月4日(日)、「絵図からひもとく福山の歴史」@広島県立歴史博物館を聴講してきました。
福山葦陽高校創立110周年記念と、40年振りに葦陽高校で見つかった水野家時代の福山城下絵図のコラボ企画かと思います。
広島県立歴史博物館はかつて葦陽高校のあった場所でもあります。
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講師は備陽史探訪の会会長の田口義之さん。

福山城築城以前の福山の状況、初代福山藩主となった水野勝成(徳川家康のいとこ)の使命、福山城の構造など話題は多岐に及びましたが、本題?で特に興味深かったのは今回見つかった絵図の解説。
城下を描いた絵図は多いが、周辺の山々まで描いた絵図は珍しいとのこと。どういう目的で作成されたものなのか。

以下は、田口さんの推理ですが、私には十分納得できるものでした。
・作成されたのは多治米や川口などの干拓の状況から水野時代後半(1660~70年頃)。
・絵図の周囲の山々は天守閣からの展望を再現している。田口さんが天守閣から写真撮影して確認。
・当時、天守閣に上ることのできる人は城主などに限られていた。
・四代藩主水野勝種は寛文元(1661)年福山生まれ。3歳の時に父の死により遺領を継いだ。江戸に上ったが留め置かれた。
・1679年、19歳でお国入り。福山の地理に不案内な勝種の教育用として絵図は作られたものではないか。

20160908_190028.JPG9月8日(木)、二十四節気の白露(7日)に合わせたように、北から乾燥した空気が入ってきて、風と虫の音を心地よく感じました。

月齢7の月と金星(右下)。



20160910_124017.JPG9月10日(土)、気象予報士会の中国四国ブロック合同例会@岡山に参加。

帰宅したころ、ちょうどカープの25年振りの優勝が決まりました\(^o^)/



20160911_212730.JPG9月11日(日)の中国新聞。
これは号外でもスポーツ紙でもありません、念のため。
中の紙面も真っ赤でした。

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